かせてくれたな。しかしそれはあの土地の慣例《しきたり》であろう、ここへ来てまでその慣例を守ろうとは愚《おろ》かな遠慮」
その時に、この庭の石灯籠の蔭で人の気配《けはい》がするのを、神尾主膳は早くも見咎《みとが》めました。
八
金助と離れた役割の市五郎は、ひとりで、例の女軽業の見世物小屋の前までやって来ました。
「なるほど、これが評判の女軽業か、ひとつ見てやろう」
懐手《ふところで》をしてヌッと、木戸番の前を通り抜けようとして木戸を突かれました。木戸番も役割とは知らなかったものか、それとも知っていながら面《つら》が憎かったものか、とにかく、市五郎がヌッと懐手で中へ入ろうとするのを押えてしまって、
「旦那、お銭《あし》をいただきます、木戸銭をお払い下さいまし」
と言ったから市五郎納まらないで、
「やい、面《つら》を見て物を言え」
ウンと木戸番を睨みつけましたが、木戸番とはいえ、多少江戸ッ児の気風を持っていたものと見え、肝腎《かんじん》の市五郎の面《かお》を見てかえってフフンと笑ってしまいました。
市五郎にとっては容易ならぬ侮辱《ぶじょく》ですから、ムカッと怒
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