て行っても邪魔《じゃま》にはなるまいから」
 そう言われてお君は、手慣れた三味を抱えて小屋の裏を出ました。ちょうど、空が澄んで月が出ていました。
 時は秋の末でも、小屋の中の蒸暑い空気から外へ出てみると、ひやりと身に沁《し》みる寂しい心。三味を抱えて客に招かれて行くわが身の影を見ると、間《あい》の山《やま》の過ぎし昔が思われます。故郷を出でて身はいま甲州の山の夜の露。わずか三月とはたたぬ間に変れば変るものかな。それにつけてもムクを連れないのが、なんとも言われず心細くてたまりません。古市《ふるいち》の大楼へ招かれては、夕べあしたの鐘の声を古調で歌って聞かせる時、追っても叱ってもムクばかりは離れることもなかったのに、今宵《こよい》他郷で久しぶりに、三味を抱えて月にうつるわが影が、たった一つであることが悲しくなってハラリと涙をこぼします……ムクは死んだわけでも殺されたのでもなんでもなし、つい呼べば来るところにいるのだけれど、お君は昔を思い出したからつい泣いてしまいました。

         七

「役割《やくわり》、今日は一蓮寺のお開帳に行ってみようじゃござんせんか」
 金助といって小才《
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