どうでもよいから……」
こんなことを言いながら親方の女は、見ているまにお君の島田を結《ゆ》い上げてしまいました。
「それでは行って参ります」
「ああ、行っておいで」
親方の女は、また煙草を吹かしながら、自分が結んでやった島田髷の手際《てぎわ》を、自分ながら惚々《ほれぼれ》と見ています。
「なんだか一人ではきまりが悪い、親方さん、あのムクを連れて行ってもようござんしょう、わたしはムクを連れて行きたい」
「ムクを連れて行く? ムクはこれから梯子登《はしごのぼ》りをするんじゃないか」
「それでも、ムクを連れて行きとうございますわ」
「子供のようなことをお言いでないよ、ムクの梯子登りと火の輪くぐりは呼び物になっていて、あれで一枚看板の役者なんだから、抜くことはできませんね」
「それでは、ムクの芸が済みましたらば、ムクをわたしの迎えに柳屋までよこして下さいな、ほかの方が来て下さるのもよいけれど、ムクをよこして下されば、なおわたしは有難いと思いますわ」
「それは芸が済みさえすればムクを迎えに出してやりますよ。それから、三味線を忘れずに持っておいで、お客様にお好みがなければそれまでだけれど、持っ
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