「あの人たちは、まだこれから芸にかかるんだから身体があいてないよ」
「このまんまでは失礼でございますね」
「男衆の手もすいていないし、わたしが、ちょっと島田に纏《まと》めて上げよう」
「済みません」
「どうせ碌《ろく》なことはできやしないけれど、手っ取り早いのでは若い時から自慢なのよ」
 鏡台の前でお角は、お君の真黒な髪を梳《す》きながら、
「君ちゃん、お前の毛はよい毛だねえ、こうして掴《つか》んでいると指が染まりそうだよ。そうしてお前さんには島田がいちばんよく似合ってよ、もう二三年すると丸髷《まるまげ》が似合うようになるだろう。わたしもお前さんを、いつまでもこんなところへ置くのは惜しいと思ってるんだよ、だから早くなんとかして上げたいと思っているんだから、そのつもりで稼《かせ》いで下さいよ。そのうちに容貌望《きりょうのぞ》みで玉《たま》の輿《こし》というようなこともないとは限らないから、くだらないものにひっかからないように。口上言いや折助《おりすけ》なんぞが、いくら色目を使っても、白い歯は見せちゃいけないよ。その代り、身分と身上《しんじょう》の確かな人であったら、年の違いや男ぶりなどは
前へ 次へ
全115ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング