ぐい》は多くは前の通りで、新たに加わったお君が「道成寺」を出すということが人気でありました。
「君ちゃん、御贔屓《ごひいき》があるよ」
楽屋ではお角《かく》が長い煙管《きせる》から煙を吹いて、
「着物を着替えて面《かお》を直したら、ちょっと御挨拶に行っておいで。正面の桟敷《さじき》に頭巾を被って、お伴《とも》の衆と一緒に見物しておいでなすったあのお方さ、お前さんでなければならないとおっしゃるんだよ、早く行って御機嫌を取結んでおいで。ザラにあるお侍さんとは違って、ことによったら御城代様か御支配様あたりのお微行《しのび》かも知れないよ。早く行っておいで、柳屋に待っていらっしゃると御家来衆がお沙汰に来て下すったんだから」
「お伺いしなくては悪いでしょうか、誰か代りに行ってもらいとうござんすねえ」
「そんなことはできません、お前をお名指しなんだから」
「それでも親方さん、お酒を飲めの、泊って行けのと御冗談をおっしゃると、わたしにはお取持ちができませんからね」
「いい時分にはこっちから迎えにやりますから、安心して行っておいでなさい」
「お鶴さんか、お富さんが一緒に行って下さるといいけれど」
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