「どこへ行くといって当《あて》はないんだ」
「どうもお前さんは、口の利きっぷりやなにかがおかしな人だよ、心持に毒のなかりそうな人だよ。ほんとに行くところがなければ、わたしの家へおいでなさいな、親方に話して上げるから。わたしの親方の家は本所の鐘撞堂新道《かねつきどうしんみち》にあるのよ」

         六

 福士川から徳間《とくま》入りをした宇津木兵馬と七兵衛は、机竜之助を発見することなくして、かえってがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵を発見してしまいました。
「兄い、気をしっかり持たなくちゃいけねえ」
「あッ、抜いちゃいけません、先生、お抜きなすっちゃいけません、抜いてしまっちゃ納まりがつきません」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は引続いて囈言《うわごと》ばかり言っています。
 この山入りでは、僅かにがんりき[#「がんりき」に傍点]を得ただけで、山道をもとの通りに下って、一行はまた富士川の岸に出ました。
 富士川をのぼる舟は追風《おいて》を孕《はら》んだ時はかえって、下る船よりも速いことがあります。福士からこの船に乗った兵馬と七兵衛とがんりき[#「がんりき」に傍点]
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