取った米友は、不思議な感じに打たれます。
売女《ばいじょ》のうちでもいちばん卑《いや》しい夜鷹、二十文か三十文の金で、女のいちばん大切な操《みさお》を切売りする女、この女は十両の金が欲しくはないのだろうか、取っても隠しても罪にはならない十両の金は大事に預かって、返しても返さなくても知れるはずのない人へ返してやる、そうして掛替《かけが》えのない大事な操は二十文三十文の金に替えて惜気《おしげ》がないということが、とにもかくにも不思議です。
不思議に思いながら長者町へ帰って来て、主人忠作の家へ来るには来たが、厭《いや》な厭な気持に打たれてしまいました。もう一足もこの家へ足を入れる気にはなりませんでした。なんらの理窟もなしにこの家が厭で厭でたまらなくなりました。
「金は持って来たぞ、そうら、たしかにお返し申すぞ!」
米友は大音を揚げて財布ぐるみそっくり[#「そっくり」に傍点]と格子戸《こうしど》の中へ投げ込むや否や、物に逐《お》われるように一目散《いちもくさん》に逃げ出して来ました。跛足《びっこ》の足で逃げ出しました。
またも忠作の家を追ん出てしまった米友は、どこをどうブラブラ歩いて来
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