はや拾われてしまっているはず、こうと知ったらあの女の面《かお》をよく見ておけばよかったものをと、米友はいまさらに悔《くや》みます。悔んだところで、暗いところから出て来たものだから面の見様もなかったし、ただ声に聞覚えがあるといえばあるのだが、それだって別段、耳に立つほどの声でもなかったから、声だけでは、いま眼の前へその女が現われて来たところでわかろうはずはありません。
「小作りで華奢で、歩《あん》よのお上手な旦那と言やがった、ばかにしてやがら」
米友は昨晩の女の言草《いいぐさ》を思い出して腹を立てました。そんなに冷かされては米友だって腹の立つのは無理もないようなものだが、それよりも、人の懐中物を奪おうとするような性質《たち》のわるい女が江戸の市中に徘徊《はいかい》しているかと思えば、それが憤慨に堪えないのです。
「向うでは知ってるだろう、向うでは、俺《おい》らの歩きつきまで見ているんだから、俺らが柳原を通れば、もしあの女が正直な女でありさえすりゃ、拾った金を返してくれるにきまっているが、夜鷹でもするくらいの奴だから、拾ったところで知らん面《かお》をしているにきまってる、そうなると、俺ら
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