はまたあの家を追出《おんだ》されるんだ、どっちへ行ってもホントに詰《つま》らねえ」
 米友は且《か》つ憤慨し、且つ悲観してしまって、柳原の昨晩騒ぎのあったところまで来て見たけれども、河岸《かし》に材木が転がっていたり葭簀張《よしずばり》がしてあったりするくらいのもので、別段そこに人が住んでいる様子もないし、「ちょいと、様子のよい旦那」と言って呼びかけるような女の気配も見えないから、ポカンとして立ち尽していました。
 十両と少しの金を尋ね出さなければ、米友は御主人の家へ帰ることができないのです。
 神田と浅草の方面をあてもなく歩き廻っていたが、当《あて》のないことはどこまで行っても当がないから、一ぜん飯を食べて腹をこしらえて、再び柳原通りの和泉橋《いずみばし》の袂《たもと》へ戻って来ました。
「詰らねえ」
 この時、後ろの方から蓙《ござ》のような巻いたものを抱えて、三人連れの女がやって来ました。その三人の女をよく見ると、その一人は手拭を被《かぶ》らないで、頭の上へ御幣《ごへい》のような白紙を結んでいます。その白紙がひらひらと河岸の夕風で踊っているところが、なんとなく目につきました。
「ち
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