呼んだんじゃないか」
「そんなら早く言ってしまいねえ、俺らはこれでも主人のお使先だ」
「まあ、ゆっくりしておいでなさいよ」
「大事の金を懐中に持ってるんだ、主人の金だから大事だ」
「お金? 頼もしいわ、そんなに大事なお金なら暫らく預かって上げようじゃありませんか」
「お前は俺らを調戯《からか》うつもりなんだな。女のくせに、この暗いところで、男をつかまえて調戯うとは呆《あき》れたもんだ、俺らだからいいけれども、ほかの男だと飛んだ目に逢《あ》うぞ」
「あははだ、お前さんこの柳原の土手を初めて通るんだね」
「初めてなもんかい、これで三度目だい」
「三度目? それでも夜になって通るのは初めてだろう」
「そりゃそうよ」
「そうだろうと思った、この柳原は昼間通るのと、夜通るのとは規則が違うんですからね。夜になってからこの通りを通るに、税金がかかることを知らないんだろう」
「税金がかかる?」
「税金をわたしに納めてからでなければ、通れない規則なんですからね」
「馬鹿野郎」
 女がからみついて来るから、友造は面倒がって逃げ出しました。逃げ出すといっても足の不自由な友造だから、早速には逃げられないで家鴨
前へ 次へ
全115ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング