の上に聾ときては形《かた》なしだ」
「何だと」
「ナニ! 主人に向って貴様は口答えをするか、主人に向って」
 いつもの米友ならばなかなか黙ってはいないのだが、今日は奉公人の友造、短気をしてはいけないということが、お君からのくれぐれもの餞別《せんべつ》の言葉でもあり、せっかく仲人に立ってくれた道庵先生への義理でもあると、感心に辛抱しました。
「どうも仕方がねえ、なるほどお前さんは主人だ」
 米友――ここへ来てからは友造という名に改められたが、面《つら》を膨《ふく》らかして、御主人様のいうことを黙って聞いていると、
「馬鹿、日済《ひなし》を集めに行って来い」
「へい」
「さっさと掃いてしまってこっちへ廻れ、よく呑込めるようにしてやるから」
 忠作は障子を荒々しく締め切って奥へ行ってしまいました。
「ちぇッ」
 友造は舌打ちをして、
「いやになっちまうな、また日済集めにやられるんだ。日済集めは俺らは大嫌《だいきら》いだ、ナゼだと言えば、あの申しわけを聞くのがいやなんだ、そうかと言って思うように集まらねえと、あの小僧ッ子の御主人様がガミガミ言やがる、いやだなあ、いやだなあ」
 友造は口小言を言
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