槍、綱渡りの槍、飛越えの槍、矢切《やぎり》の槍、鉄砲避《てっぽうよ》けの槍……」
「嘘《うそ》を言うな! 明日はやらねえ」
 怺《こら》え兼ねた印度人の米友、我を忘れて口上言いを力に任せて後ろへ引くと、口上言いは尻餅《しりもち》を搗《つ》く。
「おや!」
 見物は驚く。
「嘘だ!」
 米友が喚《わめ》く。
「おや、あの印度人が日本の言葉を使ったぜ、そうして口上をひっくり返した」
 見物はまた沸く。
「あはははは」
 道庵先生が、また大笑いをする。

 その晩に、お君と米友はこの見世物小屋を追ん出されてしまいました。
「友さん」
 お君は泣き出しそうな面《かお》をして、三味線だけを小脇《こわき》にかかえ、
「お前は、あんまり気が短いからいけないのだよ」
「だって仕方がねえ」
 米友は、この時はもう黒ではない。黒いところはすっかり洗い落されて、昔に変るのは茶筅《ちゃせん》を押立《おった》てた頭が散切《ざんぎり》になっただけのこと。身体《からだ》には盲目縞《めくらじま》の筒袖を着ていました。
「口上さんが申しわけをしている時に、あんなことを言い出さなければよかったに、あれですっかり失敗《しく
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