来た来た。黒、またやって来たな、しっかりやれ」
「東西――」
口上言いと出方とが黒を引っぱって、場の真中へ出て来ました。黒は元気のない歩きつきをして道庵の方を見るのが、鼠が猫を見るような態度であります。
黒が出て来たので見物は、やっと納まりました。
「いよう黒ん坊!」
「御見物の皆々様へ申し上げます、ごらんの通り色が黒うございますから、喜怒哀楽の心持が現われませぬ、どうぞこの足どりの萎《しお》れたところでごらん下さいまし、虎を手取りに致すほどの豪傑も、人間はすこぶる内気でございまして、子供のようなところがございます、ただいま腹痛がさし起りまして、とても芸当が致し兼ねると申して、皆々様にお断わりも申し上げず引込んで駄々を捏《こ》ねまするのを、ようやくのことで引き出して参りました、今日はどうぞ、これにて御免を願い上げまする、その代りと致しまして、明日《あした》は残らず芸当を取揃えて御覧に入れまする……」
口上言いがぺらぺら喋《しゃべ》ると、聞いていた印度人の米友、その手を後ろからグイグイと引く。
「明日は間違いがございません……」
また手を引く。
「槍投げ、槍飛び、馬上の槍、水中の
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