の道庵先生が見物に来ているのだよ」
「まあ、そりゃ驚いたね。それだってお前、なにも心配することはありゃしないよ、お前の方では道庵先生だとわかっても、先生の方ではお前が友さんだとわかる気遣《きづか》いはないからね。傍にいるわたしだって、そう言われなければわからないのだから、心配しなくてもいいじゃないか」
「ところが駄目なんだ」
「わかっちまったのかい」
「なんしろ、俺の身体は頭の上に毛が幾本あって、足の蹠《うら》に筋がいくつあるということまで、ちゃあんと呑込んでる先生だから、一目で見破られちまった」
「そりゃ困ったね。でもね、先生は悪い方じゃないんだろう、だからここでお前を素破抜《すっぱぬ》いて恥を掻かすようなことはなさりゃすまいから」
「そんなことはしねえ、素破抜きなんぞはやりゃあしねえが、あはははと大きな声で笑う」
「そりゃ、知った人が見りゃおかしいだろうよ」
「そうして、『黒、しっかりやれ、俺が附いてる』なんと言うのだ、あの先生、酔っぱらっているからね」
「何と言ったってかまやしないじゃないか、怖《こわ》いことはないだろう」
「だってお前、俺《おい》らには気恥しくってやっていられね
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