お君を背に負って河原を走りました。提灯《ちょうちん》や松明《たいまつ》で追いかけて来る大勢の人。
「それ河原へ下りたぞ、向うの岸へ合図をしろ」
ようやく川の流れへ来て宇津木兵馬、浅瀬を計り兼ねて暫らく思案に暮れていたが、そのうちに乗り捨てられた川船の一隻を、ムク犬が見つけて飛び込むと、兵馬はこれ幸いと同じくその舟へ飛び乗って、お君を下ろすとともに、竹の竿を取って岸を突きました。
舟は難なく釜無川の闇を下って行きます。
ほど経て舟を着けたのは高田村というところ、そこで陸《おか》へ上りました。
高田村で舟を捨てた時分には、もう夜が明けていました。鰍沢《かじかざわ》まではいくらもない道程《みちのり》、兵馬はお君のために道を枉《ま》げて鰍沢まで来て宿を取りました。
それから兵馬は、甲府へ沙汰してお君をもとの軽業の一座へ送り返そうとしているうちに、困ったことにはお君が病気になってしまいました。
行手に心の急ぐ兵馬も已《や》むことを得ず、それを介抱せねばならなくなりました。
幸いにお君の病気は大したことはなく、四日ばかりするうちにすっかりなおってしまい、お君はやっと愁眉《しゅうび》を
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