開いていると、そこへ甲府から便りがありました。その便りはまたも兵馬とお君の二人を当惑させるものでありました。
お君が入って来た軽業の一座は、あれから散々《ちりぢり》になってしまって、またも旅廻りをしているか、江戸へ帰ったか、それさえ消息《たより》がないということで、お君は落胆《がっかり》しました。兵馬も困りました。
お君は、仕方がないから、わたしはムクを連れて江戸へ帰ってみようと言い出しましたけれど、それはずいぶん危険なことと言わねばならぬ。けっきょく兵馬はお君を当分の間この宿へよく頼んで預けておいて、自分だけが山入りをすることにきめ、お君は兵馬に気の毒でたまらないけれども、その好意に従って、暫らく鰍沢の町に逗留することになりました。
今朝、お君を残して山入りをした兵馬。
ムクを連れて兵馬を送って行って別れた最勝寺前、お君には兵馬の面影《おもかげ》が胸を掻《か》きむしるほどに迫って来て、一人では居ても立ってもいられなくなりました。
底本:「大菩薩峠3」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年1月24日第1刷発行
1996(平成8)年3月1日第3刷
底本の親本
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