驚くと、ムクも首を上げて尾を振ります。
そうすると、わーという人声。早くもそれと覚《さと》った宇津木兵馬は、
「お君どの、こりゃ大事|出来《しゅつらい》、早く逃げにゃならぬ」
「何でございましょう、あの音は」
「ここの堂守が抜け出してあれを打った、それで村の人を集めている」
「わたしたちは何も悪いことは致しませぬ」
「もとより悪いことはしないけれども、何をいうにもこっちは旅の身、向うは土地馴染のある人、悪い名を着せられても急には明《あか》りが立たぬ、そのうち血気に逸《はや》る土地の人、どのような乱暴をすまいものでもない、今のうちに早く逃げなければならぬ」
戸の外では人の声が噪《さわ》がしい。
「泥棒が入ったぞ、俺もこの通り傷を負ったが、甲府から来た金助は殺された、お堂の本尊様も明神の御宝蔵も荒された、賊はまだ若い、若い前髪の侍と、女が一人に犬が一疋、その犬が強いから噛《か》まれないように用心さっしゃい」
警板の木の上で入道がおおいに叫ぶ。
兵馬はお君を促《うなが》して一目散に逃げ出しました。
大並木をくぐり抜けて、堤を駈け下りると釜無河原。
兵馬はついに堪《こら》え兼ねて、
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