神の御輿倉《みこしぐら》の中へ自分を隠しておいたということ、それは金助の頼みで、今宵は入道と二人、酔っぱらって来て、自分をまたつれだして妾にするとか女郎に売るとかいっているところへ、突然にムクが現われてこの有様となったということです。
 お君はまた、兵馬と別れて舟から上って以来のことを落ちもなく語ると、兵馬は飽かずに聞いていて、お君の身の上に波瀾の多いこと、そのたびごとにムクの手柄の大きなことに感嘆せずにはおられませんでした。
「ああ、それで思い当った。この犬がどうも尋常の犬でないと思ったら、いつぞや伊勢の古市の町で、槍をよく使う小さな人、あまりに不思議の働き故、頼まれもせぬに槍を合せてみたところ、その傍にいた一匹の黒い犬、その面魂《つらだましい》、ちっとも油断がならなかった。さてはこの犬であったか」
 二人の話はそれからそれと続きました。その時、不意にけたたましい警板《けいばん》の音。
 警板はこの堂のすぐ背後《うしろ》、杉の大木に掛けてあったのを、いつのまに抜け出したか、そこへ上って堂守の入道が力任せに叩いているのです。
「あの音は?」
 兵馬もお君も驚きました。
 二人がその音に
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