わるれば生涯その恩を忘れぬ代り、ひとたび受けた恨みもまた死ぬまで覚えているということだ。どうかするとお前は、あの犬に対して意地の悪いことをした、その祟《たた》りを受けて見込まれたものと、どうもそうしか思われぬ」
「そんなことは決してございませんよ、第一、あんな大きな黒犬を見るのは今日が初めてなんでございますから。初めて見たものに恨みを受けるはずがないじゃございませんか、狂犬《やまいぬ》の人食《ひとくら》いに違いございませんよ」
「とにかく、わしもあちらへ行く者、竜王村まで一緒に行きましょう」
兵馬は金助を連れて竜王村へ入ります。この時分から時雨《しぐれ》の空模様が怪しくなってきました。
「降らなけりゃようございますね」
宇津木兵馬は一緒に竜王村の方へ入る途《みち》すがら話して行くと、この金公という折助がいかにもくだらない人間であることを知りました。下手《へた》に優しく話してゆくと、直ぐ附け上ってしまう、そうして今の先、木の上で助けてくれ助けてくれと叫んだことなどは打忘れて、自分の得意げなことをベラベラ喋《しゃべ》る。兵馬はなるほどくだらない人間だと思って、いいかげんに話していると
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