。ほんとに忌々《いまいま》しい畜生ったら」
 金助は兵馬に礼を言うことを忘れて、犬の悪口ばかり言います。
「いったい、この村のやつらが悪い、あんな性質《たち》の悪い狂犬《やまいぬ》を放し飼いにしておくのがよろしくねえ、叩き殺してしまやがりゃいいんだ」
 今度は村の人へ飛沫《とばっちり》。
 この男はしきりに狂犬呼ばわりをするけれど、兵馬は決してあの犬を狂犬とは思っておりません。
「さて、お前さんはこれからどこへ行かれるな」
「ついそこの竜王村というところまで参りますんで」
「帰りに、また犬が出たらなんとなさる」
「脅《おどか》しちゃいけません、もう懲々《こりごり》でございます」
「しかし帰りには必ず出て来る」
「冗談《じょうだん》じゃありません、こんど出やがったら、村の若い衆を大勢たのんで叩き殺してしまいます」
「そんなことをするとかえってよろしくない。察するのにお前は、何かあの犬に怨《うら》みを受けるようなことをした覚えがありそうじゃ」
「驚きましたね、いくら人間が下等に出来上っていたからと申しまして、まだ犬に恨みを受けるようなことをした覚えはございません」
「犬というものは、三日養
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