まだ本当に正気には返らないで、昏倒《こんとう》から醒《さ》めかかった瞬間の心持は、連々《れんれん》として蜜のように甘い。時雨の雫がポタリポタリと面を打つことが、かえって夢うつつの間を心持よくして、いったん醒めかかってまた昏々として眠くなるうちに、
「ああ、水が飲みたい」
で、また我に返りました。
せっかく、よい心持で、いつまでも眠りに落ちようとするのに咽喉《のど》はしきりに水を飲みたがって、
「水、水、水」
譫言《うわごと》のように言いつづけたが、誰も水を持って来てくれそうな者はなく、水を欲しがる竜之助の面へは雨の雫がポタリポタリと落ちて来るばかりです。
こういう時の夢には、滾々《こんこん》としてふき出している泉や、釣瓶《つるべ》から釣られたばかりの玉のような水、草叢《くさむら》の間を潺々《せんせん》と流れる清水などが断えず眼の前に出て来るもので、
「あ、有難い、水」
と言って竜之助は、それを手に掬《むす》んで口へ持って来ようとすると、煙のようになくなってしまいます。
竜之助は、これもかなり長い時の間、夢うつつの境に水を求めて昏倒していましたが、村方の方からは駕籠だけも取り
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