変ったことは平気らしいけれども、うまい酒の飲めないことが何よりの苦痛と見えて、もとのように江戸の真中で馬鹿遊びをするようなことができないで、時時|折助《おりすけ》を引っぱって桜町《さくらちょう》へ飲みに来たり、こっそりと柳町《やなぎちょう》へ遊びに出たりするくらいのことで、毎日おもしろくもない甲州の山ばかりを睨《にら》めて暮らしていましたが、今宵もそのお気に入りの折助をつれて柳町の旗亭《きてい》へ飲みに来ていました。
「権六《ごんろく》、なんだか酒が酸《す》っぱいなあ」
権六というのは折助の名、これは江戸から附いて来た渡り者の折助であります。
折助の前身には無頼漢《ぶらいかん》もあれば、武士の上りもある。この権六は権六が本名でなくて、もう少し気の利いた名前のありそうな折助、前身は百姓町人でもなく、生《は》え抜きの無頼漢でもなく、ともかく神尾が引っぱり廻して酒の相手をさせるだけのこたえはありそうな折助であります。
「へへ、どうも仕方がございません」
権六はお流れを頂戴する。
「うまい酒を飲みたいなあ」
「御意《ぎょい》の通りでございます」
「何かうまい酒を飲むような工面《くめん》は
前へ
次へ
全100ページ中71ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング