ねえわっしをお斬りなさろうと言うんだ、あ……危ねえ」
この時、水を割るようにスーッと打ち下ろした竜之助の刀。絶体絶命で脇差へ手をかけながら左へ飛び抜けたがんりき[#「がんりき」に傍点]の右の手を、二の腕の半ばからスポリ、血が道標へ颯《さっ》と紅葉《もみじ》。
「あ痛えッ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、斬り落された切口を左の手で着物の上から押えて横っ飛び。
「狂人《きちがい》に刃物とはこれだ、手が利いているだけに危なくって寄りつけねえ、御新造様、早く逃げましょう、ぐずぐずしているとお前様も殺《や》られちまいますぜ」
尋常ならば眼を廻すべきところ、腕一本落して命を拾い出そうとするがんりき[#「がんりき」に傍点]は、
「早くお逃げなさいと言うに」
「どうしたんでしょう、まあ」
お絹は、さすがに狼狽《ろうばい》して途方に暮れているのを、
「どうもこうもありゃしねえ、早くわっしの逃げる方へお逃げなさい」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は峠道を飛び下りる。お絹はそれと同じ方へ飛び下りる。駕籠屋は、ただ白刃の光を見ただけで疾《と》うに逃げてしまいました。駕籠屋の逃げたのは駿河の国
前へ
次へ
全100ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング