くような心持がしますから、
「あ、危ねえ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、楢の木の蔭に居堪《いたたま》らないで、身軽に飛んで、高さ一丈余りある国境《くにざかい》の道標の後ろへ避ける。
「是《これ》より甲斐国《かいのくに》巨摩郡《こまごおり》……
是より駿河国《するがのくに》庵原郡《いおはらごおり》……」
がんりき[#「がんりき」に傍点]の飛んだ方へ竜之助が向き直る、そうして徐々《そろそろ》と歩み寄る。
「あ、冗談じゃねえ、先生、眼が見えるんだね」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、この時、本当にまだ竜之助の眼が見えると思ったくらいですから、この道標の蔭からいずれへ逃げてよいかわからない。甲斐国巨摩郡と書いた方へ出れば右を斬られる、駿河国庵原郡と書いた方へ出れば左を斬られる、こうしていれば道標もろとも前から梨子割《なしわ》り。後ろを見せれば背を割られる。進退|窮《きわ》まって道標の蔭から竜之助の隙《すき》をうかがう。
そこへ歩み寄って来た竜之助。がんりき[#「がんりき」に傍点]はたまらなくなって、
「おい、御新造様《ごしんさま》、先生は気が違ったぜ、なんの咎《とが》も
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