男、変装に巧《たく》みで、さまざまの容姿《なり》をして、壬生《みぶ》や島原の間、京洛《けいらく》の天地を探っていた男。
「ともかく、湯から上ろう、もっと委《くわ》しい話を聞かしてくれ」
山崎譲は後刻を約して、そこを立ち去ってしまうと、それと入り違えのようにお徳が入って来ました。
「そうしておいで遊ばせ、今お背中を流して上げますから」
湯から出ようとする竜之助の傍へ寄って、手拭を固く絞ってお徳は、その肩へ手をかけて背中を洗ってやろうとします。
「それは気の毒」
竜之助はお徳のなすままに任せて辞退もしない。
お徳は筒袖をまくり上げて、裾が湯に濡れないように気をつけながら、竜之助の背中を流しはじめていると、この温泉の上の方で賑わしい人の声。
「あれは何だろう」
「あれはお慶《めで》たいことでござんす」
「はあ、何か人寄せがあるな」
「この山の上の望月《もちづき》様という郷士《ごうし》様のお邸へお嫁様が参りなさるそうで」
「婚礼があるのか、道理でさいぜんから時々賑わしい人の声が聞えると思うた」
「望月様は、この辺の山を預かる御大家でござんすから、もうこの近所の人はみんなよばれて朝から大
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