いた時に、わしはなんとなく腸《はらわた》に沁《し》みるような心持がした、ぜひもう一度、聞かしてもらいたい」
「甲州出がけの吸附煙草《すいつけたばこ》、涙湿《なみだじめ》りで火がつかぬ……あれでございますか」
「そうそう、それにもう一つは何と言ったか、生れ故郷の……という歌」
「生れ故郷の氏神《うじがみ》さんの、森が見えますほのぼのと……あれでございますか」
「それそれ、どうかあれをひとつ聞かしてもらいたい」
「ああいう時の調子では音頭取《おんどとり》も致しますけれど、改まってどうしてお聞かせ申すことができますものか」
「そのように言わずにぜひ頼む……月があっても光が見えぬ、花があっても色の見えぬ身には、声と音を聞いて楽しむよりほかに道がない、どうぞその歌を聞かして拙者の心を慰めてもらいたい」
「そうおっしゃられると……」
お徳は竜之助の面《かお》を仰いで見て、気の毒そうに、
「それでは、歌ってお聞かせ申しましょう、お笑いなすってはいけませぬ」
「どうぞ頼みます」
お徳は槌《つち》を取り直して軽く拍子を取りながら、
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甲州出がけの吸附煙草
涙じめりで火がつかぬ
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