《ぴょう》を取り出して、
「先生、お一つ、いかがでございます」
 駕籠の中の竜之助に持って行って、次に、
「若い衆さん、お前も一つどうだね」
「へえ有難うございます」
 この駕籠舁《かごかき》は海道筋《かいどうすじ》の雲助と違って、質朴《しつぼく》なこの辺の百姓。
「御新造様《ごしんさま》、一ついかがでございます」
「駕籠を出ていただきましょう」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が、また猪口《ちょく》を出す手先をお絹は見咎《みとが》めて、
「百蔵さん、お前の手はそりゃ……」
「ええ?」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は驚いて手を引込ませ、
「ナニ、いたずらでございます」
と言って、左右の駕籠舁の方に気を兼ねるらしい心持。けれども質朴な駕籠舁は、この時に眼を見合せました。
「こりゃ甲州無宿の入墨者《いれずみもの》だ、この入墨者を峠から一足でも甲州分へ入れた日にゃあ、こっちの首が危ねえ」
 こう言って駕籠舁どもが、一度に立ち上って噪《さわ》ぎ出しました。
「抜いた抜いた!」
 噪ぎ出した駕籠舁が急に仰天して逃げ出します。見れば駕籠から出た机竜之助が刀を抜いて立っていました。
「先生、
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