それから身延鰍沢《みのぶかじかざわ》、信州境から郡内《ぐんない》、萩原入《はぎわらいり》から秩父《ちちぶ》の方まで、よく出ておりますな。中へ入れば、これでずいぶん広いところもありますけれど、こうして見れば本当に甲州は山ばかりでございますな」
「いや、これはほんの見取図で、まだこれへ書き入れないほかの山や川や村がいくらもあるでしょう」
「そう言われるとそうでございますね。信州|佐久《さく》の方へ出るところに、まだこのほかに一筋の路がございますよ。相州口にも、まだちょっとした間道《ぬけみち》がございますがな、それは処の案内者でないとわかりませんでございますよ。なるほど、この福士から富士川を上って徳間へかかって、駿河国《するがのくに》庵原郡《いおはらごおり》へ出る道は記してございますな。明日はこの道をひとつ、行ってみようというんでございますな」
「七兵衛どの」
 兵馬はようやく筆を休めて、
「さてどうも長の旅路を、いろいろとお世話にあずかってかたじけない、なんともお礼の申し様《よう》もござらぬが、そなたの仕事の障《さわ》りにはなりませぬか。こうしてお世話になることは、拙者にとってはこの上もな
前へ 次へ
全100ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング