い有難いことなれど、農事やその他の妨げになるようなことはないか、それがいつも心配で……」
「またしてもその御心配、それはお止めになされませ、そういうことにかけては私共は、これで気楽な身分でございます」
兵馬は七兵衛の素姓《すじょう》をよく知らないのです。ただ自分の娘にしているお松のために尽す行きがかりで、自分に尽してくれるのだと、こう思っています。
一緒に旅をしていても、不意に姿を見せなくなることがある。そうかと思うと不意にどこからともなく飛んで帰る。
「うちの方は屋敷も田畑も都合よく人に任せて来ましたから、これから当分、伊勢廻り上方見物《かみがたけんぶつ》をするつもりで、あなた様のお伴《とも》をして相当のお力になるつもりでございます」
と言って、上方からついたり離れたりしているのであった。気が利いていて足が迅《はや》い、兵馬にとってはこの上もない力であります。
「宇津木様、私共はあなた様のお力になるというよりは、こうして旅を巡《めぐ》って歩くのが何より楽しみなのでございますから、どうか打捨《うっちゃ》ってお置きなすって下さいまし。それからもう一つは、あのお松の爺父《おじい》さんと
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