仏《なむあみだぶつ》をいう。

         四

 福士の宿屋へ泊った七兵衛と兵馬。
 七兵衛は行燈《あんどん》の下で麻を扱《しご》いて、それを足の指の間へ挿《はさ》んで小器用に細引《ほそびき》を拵《こしら》えながら、
「ねえ、宇津木様、知らぬ山道を歩くには、この細引というやつがいちばん重宝《ちょうほう》なものですよ、こいつを持って歩いてると、まさかの時にこれが命の綱となるのでございます」
 兵馬は旅日記を書いていましたが、
「なかなか、器用に撚《よ》れますな」
「へえ、子供の時から慣れておりますからな。子供の時分に、こうして凧糸《たこいと》を拵えたものでございますよ」
 七兵衛は見ているまに二間三間と綯《な》ってゆく。
「長い道中をする者は、これと火打道具だけは忘れてはなりません。あなた様なんぞは煙草をお喫《の》みなさりはしますまいが、それでも火打道具だけはお忘れなすってはいけませんでございます」
「それは忘れはしない」
「私共のように煙草を喫みますと、火打道具は忘れろと言っても忘れることじゃござんせん。おやおや、そんなことを言ってる間に、煙草が喫みたくなって参りました」
 七
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