「今晩はこの福士へ泊って、土地の人によく地の理を聞いてみましょう。地の理を聞いてから、この川上へ行って見ると、思いにつけぬ獲物《えもの》があるかも知れませんよ。なんでもこの川沿いに、駿河へ出る路が別にあるに相違ありませんですね。そうなれば、もうこっちのものでございますよ」
 七兵衛はなお川上を見る。兵馬はその腕をよく見ている。
「この腕がここへ流れつくまでには、かなりの時がたったであろう……斬って逃げたか、斬られて逃げたか」
「眼があんなでなけりゃあ、腕だけで逃す斬手ではございませんがね。またこっちの奴にしたところで、片一方斬られて、それなりで往生する奴でもございません。ところであのお絹という女、あの女がどっちへついて逃げたか、それは考え物ですね。この腕はこうして置くもかわいそうだから、砂の中へ埋めておいてやりましょう。まあ、あの野郎も、この腕一本のおかげで命拾いをしたと思えば間違いはござんすまい、この腕はあの野郎にとっては命の親でございますから、そのつもりでお葬《とむら》いをしてやりましょう」
 七兵衛は棒の先で砂場へ穴を掘って、足の先で腕を蹴込《けこ》んで、砂をかぶせて、南無阿弥陀
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