あなた様の御酔興《ごすいきょう》で、こんな深山の奥へおいでなさるのですから」
「でも、お前さんが、山道は景色が好いの、身延《みのぶ》へ御参詣をなさいのと、口前《くちまえ》をよく勧《すす》めるものだから」
「はは、その口前の好いのはどちらでございますか、この道は険《けわ》しいから、あなた様だけは本道をお帰りなさいと先生もあれほどおっしゃるのに、山道は大好きだとか、身延山へぜひ御参詣をしたいとかおっしゃって、わざわざこんなところへおいでなさる。いや、これでなけりゃあ、竹の柱に茅《かや》の屋根という意気にはなれませんな」
「そんなつもりでもないけれど、わたしも実は本道が怖《こわ》いからね。七兵衛のような気味の悪い男に跟《つ》けられたり、人を見ては敵呼《かたきよば》わりをするような若い人に捉まったりしては災難だから、それでわざわざ廻り道をする気になりました」
「いや、どっちへ廻っても怖いものはおりますぜ、この道を通って身延へ出るまでには、きっと何か別に怖い物が出て参りますよ」
「おどかしちゃあいけませんね、何が怖いものだろう」
「ははは、別に怖いものもおりませんが、山猿が少しはいるようでござい
前へ
次へ
全100ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング