した。兵馬は要路の人から証明を貰っているから、いつ、どこの路をも滞《とどこお》りなく通過することができるので、七兵衛は兵馬と一緒に歩く時のみはその従者として通行するが、一人で歩く時は、到るところのお関所を超越してしまいます。
「あいつはたしかに甲州者なんでございます」
兵馬に向って七兵衛が言う。
「どうしてそれがわかります」
「言葉にも少し甲州|訛《なま》りがありますのと、それからあいつの手に入墨があるのでございます、そいつが甲州入墨と、ちゃんと睨《にら》んでおきましたよ」
「甲州入墨というのは?」
「手首と臂《ひじ》の間に二筋、あれこそ甲府の牢を追放《おいはな》しにされる時に、やられたものに違いございません」
「甲府を追放されたものが甲州へ入るとは、ちと受取りがたい」
「なに、あいつらはそんなことに怖《おど》っかする人間ではございません。なんでもこの辺の間道《ぬけみち》を通って、甲州入りをしたものに違いございませんが、あいつが盲目《めくら》と足弱をつれて、どういう道行《みちゆき》をするかが見物《みもの》でございます。これから川岸を西行越《さいぎょうご》え、増野《ますの》、切久保《き
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