お絹様とやらおっしゃいましたな、あの御新造をがんりき[#「がんりき」に傍点]がいただきてえんでございます」
「ナニ?」
「お恥かしい話だが、先生が、あんな御新造に侍《かしず》かれて道行《みちゆき》をなさるのを見ると、疳《かん》の虫がうずうずしてたまりませんや。もとより金銀に望みはねえ、腕ずくでは敵《かな》わねえから、ここは一番、色気を出し、先生とあの御新造を張り合ってみてえというのが、このがんりき[#「がんりき」に傍点]のやまなんでございます。なんと、どうでございましょう、きれいにあの御新造《ごしんぞ》をがんりき[#「がんりき」に傍点]にくれてやっておくんなさるか、それとも、女にかけてはどっちの腕が強いか、思うさま張り合ってみようではございませんか」
 これを聞いて竜之助は、
「あの女が欲しいのか」
 竜之助は刀を差置きながら、
「女というものは水物《みずもの》だから、欲しければ取るがよかろう。しかしあの女は、感心に拙者を江戸まで送ってくれようという女だから、向うで捨てぬ限りは、こちらでも捨てられぬ。それはそうと、もはやここへ尋ねて来るはずではないか」
「ええ、もうやがて尋ねておいでな
前へ 次へ
全117ページ中97ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング