して兜《かぶと》を脱いでいるんでございます、とても腕ずくで先生に勝つことができませんから、それでツイいたずらがしてみたくなるんでございます、そのいたずらがやり損なった時は、立派に斬られて死にましょう、まだ板にかけねえんでございますから、もう少しどうか御辛抱なすって下さいまし」
 竜之助は膝まで引いて来た刀。いつもこの辺まで来れば大抵は人を斬っているのです。がんりき[#「がんりき」に傍点]は、前よりもまた少し後ずさり気味で、
「先生」
 竜之助の横面《よこがお》をじっと見込んで、
「どうも、先生の形が気味が悪くっていけませんな、いつその長いのがヒヤリと飛んで来て、わっしの身体《からだ》が二つになるんだか見当がつきませんからな。どうか刀をお置きなすって下さいまし、そうでなければ近いところでお話をすることができませんから――そのいたずらというのはでございますな、先生」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、やや遠くから用心をしいしい、それでも人を食ったような物の言いぶりで、
「先生――折入ってひとつ先生にお願い申してえことがあるんでございます、それはほかでもございませんが、あの年増の御新造、
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