いますか」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、焚火にうつる竜之助の蒼白い面をジロジロと見て、
「先生の方からは初めてのお声がかりだが、わっしの方ではとうからお近づきなんで」
「どこで会ったかな」
「浜松で、お近づきになったのでございます」
「浜松のどこで」
「へへ、あの大米屋という宿屋でございます」
「ははあ」
 竜之助は頷《うなず》いた。
「お心当りがございましょう」
「あるある」
「へへ、どうもその節は飛んだ失礼を致しました」
「二つに斬ってやろうかと思った」
「おっかないこと――しかし先生」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は胡坐《あぐら》を組み直して、
「本当のことを申し上げれば、今までに先生のようなお方に出会ったのは初めてでございます、あの晩こそ兜《かぶと》を脱いでしまいました、出て行けば斬られる、へたに引込めば、やっぱり斬られる、五尺の間を引上げるに夜明けまでかかるなんぞは、今までに例のなかったことでございます」
「それでも感心によく逃げた」
「命からがら引上げて来ましたが、いや今度という今度は失敗《しくじり》つづき、先生のところで失敗《しくじ》って、それから坊さんで
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