友は胸を叩いて喜んだが、
「ちょうど、お前が首をくくりかけた時にムクが行って助けたように、俺らも浜松のこっちの方で危ないところを坊さんに助けられて、それから一緒に歩いてるんだ」
「その坊さんというのは?」
「その坊さんというのは、あんまり金持の坊さんじゃあねえのだけれど、不思議なことにその坊さんと一緒に歩いていると、銭を出さなくっても人が大切《だいじ》にしてくれる」
「今その坊さんはどこにいるの」
「今この先の信心者《しんじんもの》の家にいるんだがね」
「そうしてお前、その坊さんの槍持をして歩いて来たのかえ」
「ううん、そうじゃねえ、この槍は俺《おい》らの槍なんだ」
「お前、槍を持って歩いてるのかい」
「そういうわけじゃねえ、府中の宿屋でこの槍を捻《ひね》くっているとね、亭主が来て見て、お前さん槍が使えるのかいと言うから、たんとも使えねえが、ちっとばかりは使えると言うとね、それじゃあ使って見せてくれというから、よし来たと言って、ちょうど部屋へ飛んで来た蝶々を一羽、突いて見せてやった」
「蝶々を突いたのかい」
「そこの亭主がね、俺らが蝶々を突き落すと、それを見てすっかり感心しちまったんだ
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