した三味線を取って来て坐る。ムクはその前に両足を揃えて蹲《しゃが》む。
「友さん、あれからどうしたの」
「どうしたのって、お前」
 米友は何から話してよいかわからないように、目をクルクルさせて、
「ずいぶん俺《おい》らもひどい目にあったよ」
「わたしもずいぶん心配しちまった」
「それ、あの晩、お前を大湊の船大工の与兵衛さんのところへ送り届けてよ、それから俺らは一人でムクの様子を見に山田の方へ行ったろう、そうすると、町の入口で直ぐにお役人の網にひっかかっちまったんだ、それからお役人が八方から出て来て俺らを追蒐《おっか》けやがったんだよ、よそへ逃げりゃよかったんだが、それ、君ちゃん、お前の方が心配になるだろう、それだもんだから俺らは大湊へ逃げたんだね、そうすると山田奉行の方からも人が出て両方から取捲いてしまったんだよ、けれども俺らはそこんところをひょいひょいと飛び抜けて、与兵衛さんの家の裏口へ行って船倉《ふなぐら》の方へ廻って、それから歌をうたってみたんだよ、もし君ちゃんにその声が聞えるかと思ってね」
「ああ、よく聞えたよ、十七|姫御《ひめご》が旅に立つというお前のおハコの歌だろう、海の方
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