からよく聞えたけれども、わたしはどうしてもあのとき出て行けなかったのだよ」
「出て来ない方がよかったよ、出て来れば捉《つか》まっちまうんだからね。そうするとね、もうその時はお役人に追い詰められていたんだから、仕方がないから俺《おい》らは海へ飛び込んじゃった、海へ飛びこんでね、時々頭をぽかりぽかりと出して様子を見ながら泳いでいたんだよ。そうするとね、伝馬船に乗せられてお前がやって来るじゃないか。こりゃよかった、与兵衛さんがお前を舟で逃がしてくれたのだと思ったから、俺らはうれしまぎれにその舟へ飛び上って、君ちゃんと言って抱きついたら、それが大違い」
「ああ、それでわかった、その人はわたしじゃなかったけれど、わたしがいま姉妹のようにしているお松さんという人なのよ」
「そうか、なんしろ暗いところで、年頃の似た娘が一人乗っていたんだから、嬉しまぎれにお前だとばかり思っちゃった」
「それをね、お松さんと船頭さんがね、大船へ帰って来て一つ話にしているのですよ、舟で河童《かっぱ》に出会《であ》ったって」
「河童じゃねえ、俺《おい》らなんだよ」
「でも舟では今でも河童にしてしまっているよ」
「ナニ、河童
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