出さねばよかった。ここで堪忍《かんにん》したところが竜之助の器量が下るわけでもあるまい、またこの人々相手に腕立てをしてみたところで、その器量が上るわけでもあるまいに。さりとて竜之助のは、なにも彼等の挙動が癪《しゃく》にさわったから、それで恨みを含んでいる体《てい》にも見えません。
思うに武術の庭に入ったために、竹刀を見るにつけ、道具を見るにつけ、その天成の性癖が勃発《ぼっぱつ》して、ツイこんなことになったのでしょう。
「ナニ、頭を打ってみたい? あの竹刀でこの拙者の頭を? おのおの方、面白いではござらぬか」
「それは面白い、望み通り竹刀を貸して遣《つか》わしたがよかろう」
「それ、望み通り竹刀を一本」
「かたじけない」
竜之助は貸してくれた竹刀を受取って少し退いて、
「これは軽い」
洗水盤《みたらし》の石を発止《はっし》と打つと、竹刀の中革《なかがわ》と先革《さきがわ》の物打《ものうち》のあたりがポッキと折れる。
「やあ!」
「これは役に立たぬ、もう一本貸してもらいたい」
折れた竹刀をポンと投げ出す。
「無礼な仕方」
尺八を吹いた武士は怒る。
「おのれ!」
木剣を拾って、机
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