立ちます。そうして猛然として唸《うな》りつけます。それですから、さすが荒っぽい者共がお君の傍へ近寄れませんでした。
朝顔日記もどきの風流な客人が、お君を招《よ》んで歌をうたわせる、お君は以前備前屋でしたように、席へは上らないで、庭でうたいます。
「どうかこの犬も一緒に入れて下さいまし」
お君が歌をうたう傍へ、ムク犬が来て跪《かしこ》まる。こんなわけで、誰人もついにお君に指一本加えることができない上に、相当の収入《みいり》があって、お君は旅に不自由することなくして東へ下って行くことができました。
日数《ひかず》いくつか重ねて駿府《すんぷ》の町へ入りました。お君は駿府の二丁目を流して歩くと案外にも多くの収入《みいり》がありましたから、これから二三日は稼《かせ》がなくてもよいと思いました。
「清水港というのへは、これから何里ございましょう」
駿府の町を出る時に、お君は人にたずねてみました。
「清水へ行かっしゃるなら、本道を行かずに久能山道《くのうざんみち》というのへおいでなさい、左様、久能山の下まで二里、それから清水港まで一里半もあるかね、通して三里にはきついと思えば間違いはありませ
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