それでお前、わたしがこっちへ来たということがわかって、そうしてわたしの後を追って来たのだね、ほんとにお前は神様のような犬だよ。そうしてお前、あの米友さんはどうしたい、あの人の行方《ゆくえ》を知ってるでしょう、話してお聞かせ、いえ、連れてっておくれ」
 ムクが犬でなかったら、この場合に語りつくせぬ物語があるのでしょうけれども、いかに聡明であっても人でない悲しさには、あれから後の話を一言《ひとこと》も語って聞かせることができません。
「お前が来てくれれば、もうわたしは死ななくてもよい、もう一足お前が遅かろうものなら、わたしは死んでしまっていたのだよ、きっとわたしのお母さんが、まだわたしを死なしたくないと思って、そうしてお前を助けによこしたんだね。お前は陸《おか》を来る、わたしは海を来て、この辺で下りようとは思わなかったのに、それをお前が尋ね当てて来るなんて、ほんとうに切っても切れない因縁《いんねん》があればこそでしょう、やっぱりお母さんのことを考えていたから、その引合せに違いない」
 お君はやっとムクの頸《くび》から手を離して、そうして沈み行く夕陽の海の彼方を見て掌を合せて拝みました。
 
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