の物淋しい夕焼けの色です。
 眼が覚めてもお君は、もうここを立ち去る気にはなりませんでした。荒涼《こうりょう》たる心の中、さすらい尽した魂に射し込む夕焼けの色は、西の空に故郷《ふるさと》ありと思う身にとって、死んでその安楽の故郷に帰れと教えぬばかりの色でありました。
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鳥は古巣へ帰れども
行きて帰らぬ死出の旅
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 今まで無心で歌っていた歌。
「ああ、死んでしまおう」
 お君はここに初めて死の決心を起しました。
 死の決心がひとたび定まったために、生の重荷がことごとく振い落されてしまいました。
 お君は祠の隅を見廻して破れた太鼓に眼をつけて、それを梁《はり》の下まで転《ころ》がして来ました。
 その太鼓を、梁にかけた下締《したじめ》の下へ置いて、そうして身繕《みづくろ》いをして、その紐《ひも》へ両手をかけた時には、なにかしら涙が溢《あふ》れて来ました。
 その時ちょうど、祠の裏で颯《さっ》と藪《やぶ》をくぐるような物の音。
「あ、誰か来て見つけ出されては恥の上の恥」
 お君は結んだ紐を梁へかけ直して、太鼓の上へ身を載せると、前の扉がガタガタと
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