ぬ故、これで御免」
「ハハハ、鶴の巣籠を吹いて虚無僧で候《そうろう》も虫がよい、そのくらいならば我々でも吹く、何か面白いものをやれ、俗曲を一つやれ」
「…………」
「追分《おいわけ》か、越後獅子が聞きたい」
なんと言われても事実、竜之助には本手の三四曲しか吹けないのだから仕方がない。
「なるほど、これは駆出しの虚無僧じゃ、まんざら遠慮をしているとも見えぬわい」
一座は興が冷めてしまいました。せっかく呼び込んだ男は一座の手前に多少の面目を失したらしく、
「よしよし、それでは代って拙者が吹いてお聞きに入れよう。虚無僧、その尺八を貸せ、こう吹くものじゃ」
竜之助の手から尺八を借りて、節《ふし》面白《おもしろ》く越後獅子を吹き出した。なるほど自慢だけに、竜之助よりは器用で巧《うま》いから、一座の連中はやんやと喝采《かっさい》します。
「今度は追分を一つ、それから春雨」
調子に乗って、竜之助の尺八を借りっぱなしで盛んに吹き立てると、それで興の冷めた一座が陽気になってしまいました。
さんざん吹きまくった上で、抛《ほう》り出すようにしてその尺八を竜之助に突返して、
「さあ、これがそのお礼だ
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