《ぬすっと》と、それに驚かなかった上人の問答をよく聞くことができました。
初めはこう思っていました――これは自分のところへ来るつもりの盗賊が、間違って隣りへ来て僧侶を驚かしたものらしいと。
ところが問答を聞いていると、盗賊は別にこの僧侶に望みをかけて来たものらしいのであります。
事起らばと、竜之助は枕許の刀を取って待っていたが、何事も起らずに、盗賊共は帰ってしまって、僧侶があとで人を呼んで騒ぎでもするかと思えば、そんな様子は更にありませんでした。
こんなふうにして、駿河の府中から出た竜之助とお絹の駕籠、それをまた後になり先になって跟《つ》けて行くがんりき[#「がんりき」に傍点]と七兵衛。
本道を行かずに久能山《くのうざん》へ廻って、一の鳥居に近いところで駕籠を卸すのを見定めた七兵衛が、がんりき[#「がんりき」に傍点]へ耳打ちをしました。
久能山の鳥居の前で、
「もしもし、そこへおいでになる奥様」
がんりき[#「がんりき」に傍点]が呼びかけたので振向いたお絹、
「どなた」
「へえ、お初にお目にかかります、私でございます、あなた様のよく御存じの七兵衛の友達でございます」
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