うと、一座はいよいよ静かになっているが、いっこう名乗って出るものもありません。
 そのうちにがんりき[#「がんりき」に傍点]は、そーっと後ずさりをして人混《ひとごみ》に紛《まぎ》れて扉の側《わき》からこの席を抜け出でようとすると、上人が、
「世話人衆」
と世話人を呼びました。
「へえ」
 肩衣袴《かたぎぬばかま》をつけた世話人が上人の前へ出て頭を下げると、
「今あの扉の外へ出ようとする男、あの男をちょっと呼び止めてこれへつれておいでなさい」
「へえ」
 世話人と警衛の者三四名、人を分けてバラバラとがんりき[#「がんりき」に傍点]の傍へ寄って来る。それと見て近くにいた人も立ち上ってがんりき[#「がんりき」に傍点]の袖《そで》を控えて、
「まあお待ちなさい」
「何をしやがる」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はその男を突き飛ばすと四辺《あたり》はまた総立ち。
「盗賊《どろぼう》!」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]を取押えようとかかるのを、
「ええ、小癪《こしゃく》な真似をしやがる」
 二三人を手玉に取ったがんりき[#「がんりき」に傍点]、扉から欄干《らんかん》を一足飛びに縁の敷石の下
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