取ったところで、それは己《おの》れの福分《ふくぶん》にはならぬものじゃぞ。金が欲しいならば、この集まりが済んでから、わしのところへ相談に来てみるがよい、多分のことはできまいが、いくらかの都合《つごう》はして上げる、人の物を盗むというのはよろしくない。さあ、この席のことはこの席限り、昔|犯《おか》した罪でも、神妙に懺悔《ざんげ》をすれば仏様が許して下さる。今日はこれおたがいが、後生往生《ごしょうおうじょう》のためというて集まったこの席で、人の物を盗ろうというものは、よくよくお気の毒な性《しょう》に生れついたものじゃ。盗った品はここへ出しておしまいなさい、今も申す通り、この席のことはこの席限り、盗られた人も許して下さるであろうし、盗った方もたちどころに罪が消えるのじゃ」
 こう言って、しーんとした席を見渡す、見渡すのではない、がんりき[#「がんりき」に傍点]一人の面だけを、じっと見詰めておられるようにしか思われませんから、さしものがんりき[#「がんりき」に傍点]は、なんとなくまぶしくなって、面を上げていられないで俯向《うつむ》いてしまいました。
 上人からこう言われて、誰か名乗って出るだろ
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