《あたり》がにわかに物騒《ぶっそう》になります。
坐っていたものまでが総立ちで騒ぐと、事がいよいよ穏《おだや》かでなくなって、おたがいの眼つきになんとなく疑いの色がかかるから、皆々いやな気持がしてしまいました。
「御用心をなさいまし、よくない奴が入り込んでいるようですから」
「何です何です、泥棒ですか、早く掴《つかま》えておしまいなさい」
それでいよいよ騒ぎが大きくなると遊行上人が、
「ああ、これこれ静かに。何かまたよくないことをするものがこの席へ入り込んだと見える、わしがよく見て上げるから静かになさい」
この一言《ひとこと》で騒ぎが静まると、上人は一座をずうっと見廻したが、その眼ががんりき[#「がんりき」に傍点]の面の上へ来てハタと止りました。
上人の眼は眼光|爛々《らんらん》というような眼ではありません。眉毛《まゆげ》の下から細く見えるくらいの眼でしたが、ずっと席を見廻すと、がんりき[#「がんりき」に傍点]のところへ来て上人の眼がハタと留まりましたものですから、がんりき[#「がんりき」に傍点]はまたギクッとしました。
そこで上人はこう言いました、
「人の欲しいと思うものを
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