ょうにん》なのでありました。
 鼠色の、ずいぶん雨風を浴びた袈裟衣《けさごろも》をかけて、帽子を被り珠数《じゅず》を手首にかけながら、少しく前こごみになって、あまり高い音声ではないが、よく透《とお》る声で、
「さいぜんも申す通り、我等が境界《きょうがい》は跣足乞食《はだしこじき》と同じ身分じゃ。それにまたこんなに紫の幕を張って、御朱印つきで旅をするというのは我等の心ではない、お役人がそうしてくれるから、そうしている分のことよ。決して我々を、上人だの名僧だのといって有難がってはいけぬ。こうして旅をして歩いて、どこでバッタリと倒れて死ぬかわからぬ身じゃ、なんの我等に貴いところがありましょうぞ、ただただ念仏往生の道を守るのみじゃ。さあさあ、お望みとあらばこれから名号《みょうごう》を授けて上げる。それじゃというて、これだけの人数が一度に押しかけられたのではわしがたまらぬ、そこへ木戸を拵《こしら》えておいたから、先に来たものから争わずに、こちらへ一人ずつ入って来なさるがよい」
 遊行上人はこういって、座右《ざう》の箱に入れてあった名号の小札を一掴《ひとつか》み無造作《むぞうさ》に取っておしいただ
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