くと、肩衣袴《かたぎぬばかま》を附けた世話人が、
「さあさあ、皆さんや、これから上人様がお手ずからお名号をお授け下さる、結縁《けちえん》のお方はこれより一人ずつお通り下さい、お受けになったお方は、あちらからもとのお席へお直りなさるように」
静粛なもので、三尺ほどの入口から順々に上人の前へ出て名号をおしいただいて、一廻りしてもとの席へ戻って来るのに、みんな一応お先へお先へと言って辞儀《じぎ》をしました。
「さあさあ、お持ちなさい、お持ちなさい」
上人の言葉つきからお授けぶりが、いかにも気軽であります。
名号を受ける人は、老若貧富《ろうにゃくひんぷ》をおしなべて少ない数ではありませんでした。一生に一度こんな貴い上人のお手ずからの名号をいただく冥加《みょうが》の嬉しさ、これが罪障消滅《ざいしょうしょうめつ》、後生安楽《ごしょうあんらく》と随喜の涙にくれているものばかりであります。
「お前は少しお待ち」
いま上人の前に出た五十ぐらいの頑丈《がんじょう》な男、その男には上人が容易《たやす》く名号を渡すことをしませんでした。
「お前は、もと船乗をしていたろうな」
「はい、左様でございます」
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